許せないこと
ムカついたこと
どうしようもないくらい
腹立たしいことが起こったとき
その原因の元となった本人に
罵倒するって ほとんどの人は
やらないですよね。
そんなことしてたら
人間関係やお仕事、様々なところに
支障が出る。
だけど、怒りなど 負の感情を
持ったままだとストレスたまって
自分が苦しくなっちゃう( >_< )
だから それぞれが、切り替え
手放すために何かしらやってると思う。
誰かに聞いてもらうとか
ノートに書きまくるとか
パッと弾けて遊ぶとか☆
様々な工夫をして今を
生きてるわけだけど、
その、
切り替え 手放す過程で使った
『言葉』
思い返してみてほしいんです。
心の中でも、ひとり言でも
ノートに書いた言葉でも
どんな言葉を使ったか
吐き出す言葉だから
罵詈雑言だと思うけど(;°Д°;))))
今回は、この腹立たしさから発した
【言葉】に注目したいと思います。
「死ね!」は気持ちいい

死ねは気持ちいい って
インパクトありまくりだけど
そうです☆
タイトルにした言葉の麻薬とは
『死ね』のことです。
ここからは
私の体験談になりますので
少しお付き合いくださいませ。
つい先日、
どうしようもないくらい
腹立たしいことがありました。
悔しくて、悔しくて
この腹の底から湧き上がる
猛烈な怒り
もはやそれは呪いと化した
エネルギーの塊のよう(;°Д°;)
車内でひとりだった私は
暴言吐きまくって、、、
これ、家の中だったら
誰かしら居るのでノートに
書いてたと思うけど…
完全個室の車内にいたのが
ポイントだったかもしれない。
「ちくしょうー!!」と
怒りの言葉を発したのを機に
「死ね」「死ね」「死ねーっ!」って
大声で叫んだの。
その時、
ハッ!と感じた
これまで経験したことない
快感♡
死ね!と発した瞬間、私
喜びを味わったんです。
怒りの真っ只中にコロッと
至福の感情になれる?
普通はなれないよね。
だけど『死ね』の言葉は
それを可能にした。
なぜ気持ちいいと感じた?
それは、
この『死ね』が確実に本人に届き
私の気持ちが報われると感じたから。
運が悪くなるとか
体調崩すとか
相当、辛いことが起こると確信し
ざまーみろ!と
報われた快感です。
でもさ、
そうなるか ならないかって
分からないじゃん。
だけど、だけどね。
間違いなく本人に届いたと
疑いもなく、現実にそうなると
実感させられたの。
例えるなら
100%呪いをかけることができる
『術』を使ったって感じかな ← 表現が難しい
死ね!の言葉はそれだけ
強い言葉なんだって初めて知った。
恐ろしい言葉・・・
気持ちいい言葉・・・
麻薬のように人生を狂わせる
恐ろしい言葉なんだと思った。
言葉の麻薬は使うほどに感覚が鈍る
この 死ね という表現、
昔は言わなかったと思うんです。
死ねを使うとしたらドラマなどで
許せない思いが頂点にたって
殺人を犯すとき初めて使う言葉だったと思うの。
だから、頻繫に使わないし
滅多に見聞きしない。
昭和の人間なら分かると思う…
『死ね』なんて使わなかったよね。
最近はどう?
『死ね』という言葉
よく見聞きすると思わない?
例えば、鬼滅の刃だって
首切られて悔しくて
「死ね」「死ね」「死ね」って
悔しさを表してたし、
推しの子はリアルに今を描いてるわけだけど
「社会的に死ぬから」っていう表現も
昔はなかった。
YouTubeだって突っ込みの表現として
死ねw と言ってたりする ← 昔イーサン見てた♡
これだけ身近な言葉に
なってしまってるから
感覚が麻痺するのかもしれない。
言葉の奥にある麻薬のような
恐ろしい快楽に( >_< )
麻薬を使ったその後の人生は?

麻薬に手を出し、人生転落のストーリーは
誰でも想像できると思う。
死ね は言葉の麻薬だって
私だけが言ってる大げさな事?
なぜ『死ね!』と言って気持ちよさを
私は感じることができたのか?
それは、私の辞書に「死ね」という
言葉がなかったから。
どれだけ悔しくて暴言吐きまくっても
その暴言に死ねは存在しなかった。
上記でも言った、テレビでも映画でも
「死ね」という言葉はよほどの場面しか
使わなかったから。
だから どれだけ腹立たしくても
出てくる言葉に死ねはない。
だけど、時代の流れによって
頻繫に見聞きする『死ね』が
いつの間にか私の中に存在していて
それが怒りの頂点に立った時
私の口から出てしまった。
人生で初めて使ったからこそ
感じることができた気持ち良さ。
快楽って、
何度も何度も味わってたら
鈍感になってくるでしょ?
缶ビール1本で酔えたのが
ストロングゼロ数本じゃないと
満足できなくなるように。
言葉の麻薬に波長の法則が働く
全てに波長の法則が働く。
死ねと言えば、死ね!と
言いたくなることが起こる。
その度に、
死ねの奥にある快感を求め
誰かに言いたくなる。
そんなとき
格好の餌食になるのは
インフルエンサーや芸能人じゃない?
人間、完璧じゃない。
それぞれの生き方がある
それに反する行為をすれば
ここぞとばかりに言葉の攻撃が始まる。
快楽を得るために。
言われた方は?
本当に死んでしまうよ?
実際に自殺しちゃった人
いるよね。
死ねと言えば死ねと言いたくなる現実が襲い
その苦しさから楽になりたくて
死ねと言われても当然な人を探す。
言葉の快楽に溺れ、人を罵れば
また誰かに言いたくなることが
現実に起こって、、、をくり返す。
麻薬を使ったように
抜け出すなんて容易じゃない。
『死ね』にかかわらない

嫌なことあったり、許せないことあったり
何かしらあったとき
心で思うこと、ノートに書き出すこと
人に聞いてもらうこと
必ず『言葉』が存在するわけだけど
使う言葉は何使ったってOK!じゃない
やっぱり『死ね』はキケンだと思う。
まぁ、心の中なんて何を思ったって自由だし
お酒だって依存性があっても許されてるわけだし
私もたまに飲んじゃうし♪
でも、あの感じた気持ち良さ
怒りで狂いそうなとき、一瞬で快楽へと変えた「死ね」は
私は使いたくない!
恐怖でしかない。
もし 私が死ねを使い続けたら
あの気持ち良さはどんどん感じられなくなる。
だから気持ちよくなりたくて
何か些細なことでも死ねを使う。
死ねをよく使うから死ね!と
言いたくなることが起こる。
心の中から外へ
誰かへと使うかもしれない。
死ねと言いたくなることばかりの現実から逃れたくて
一瞬で楽にしてくれる気持ち良さを求めて…
そんな
生き方、考え方、心の在り方を
私は望んでない。
絶対に嫌だ!
言葉の麻薬:まとめ

なかなか激しい内容になっちゃったけど
記した方が良いと思ったし
私自身のためでもあるから。
だってさー
つい言っちゃいたくなるんだよね
ムカつくことされたらさっ。
きれいごとばかり言ってられないし
この世界は愛であふれた世界か?と聞かれれば
そうじゃないでしょ?
だからと言って麻薬に手を出す?
やらないよね!
そんな環境に身を置くことすらしないでしょ?
でも知らず知らずのうちに
『魔』の場所にいるとしたら?
死ね!は気持ちいいと
気づかないほど麻痺してたら?
そして、死ねの想いは本人に届く。
本当に強い呪い言葉だ。
実際に死を選んだ人がいる。
因果応報は本当にあるかないかわからない。
輪廻転生だって。
もし、あるとすれば報いを受ける。
今世でなければ来世で
死ねと言われ傷つき死へと追いやった報いだよ。
使う方が悪い?
そりゃ悪いに決まってる。
でも、気持ち良さを得ていかないと
今がギリギリの精神状態かもしれない。
だから、だからね
死ね!は
使わないほうがいい
かかわらないほうがいい
本当にそう思うから・・・
ではまた(*ᴗˬᴗ)






